完璧な土地を探すことに、意味はあるのか

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土地探しをしていると、

「もう少し条件が良ければ」
「ここが完璧だったら」

そんな言葉が
自然と出てくることがあります。

 

日当たりも、
広さも、
価格も、
立地も。

 

すべてが揃った土地を
探し続けているうちに、
時間だけが過ぎていく。

 

その光景を、
何度も見てきました。

 

もちろん、
条件を大切にすることは
とても重要です。

 

妥協していい、
という話ではありません。

 

ただ、
設計の立場から見ると、
ひとつの疑問が浮かびます。

 

「完璧な土地、
 本当に存在するのだろうか」

 

土地には、
必ず何かしらの
癖があります。

 

日当たりが良ければ、
視線が気になることがある。

 

静かであれば、
夜の不安が残ることもある。

 

駅に近ければ、
人の気配と
付き合う必要がある。

 

何かを取れば、
何かが残る。

 

それが、
土地という存在の
現実です。

 

完璧を求めると、
判断の基準は
どんどん厳しくなります。

 

結果として、
「決められない状態」
そのものが
続いてしまうこともあります。

 

設計をしていて感じるのは、

暮らしにとって大切なのは、
欠点がないことよりも、

「その欠点と、
 どう付き合えるか」

という視点です。

 

少し不便でも、
慣れてしまえば
気にならないこと。

 

最初は気にならなかったけれど、
後から重く感じてくること。

 

その違いは、
条件表の中には
書かれていません。

 

完璧な土地を
探し続けるよりも、

「この土地の
 どこなら受け止められるか」

「どこは無理をしない方がいいか」

 

そうやって
現実的に向き合った方が、
暮らしは前に進みます。

 

完璧な土地を
見つけることよりも、

その土地で
完璧を目指さない暮らしを
どうつくるか。

 

その方が、
長く心地よい住まいに
つながることも
少なくありません。

 

土地は、
完成された答えではなく、

暮らしと一緒に
関係を育てていく
存在です。

 

そう考えると、
完璧な土地を探すことに
意味があるのかどうか。

 

その問い自体を、
一度、
置き直してみても
いいのかもしれません。