冷暖自知という考え方から考える、五感で整う住まいの設計思想

建築空間が持つ意味は、
体験と感覚から
生まれるものだと考えています。
木質天井と間接照明に包まれた
和モダン×ホテルライクなLDK空間。
中庭と連続する大開口、
石調床と落ち着いた家具配置。
視覚だけでなく、
光の入り方、素材の触感、
空気の静けさまで含めて、
五感で心地よさを感じる
住まいの設計思想を表現しています。
住まいの心地よさは、
体験してはじめて分かるものです。
人は、
冷たい水を口に含んで
はじめて「冷たい」と知ります。
暖かな日差しに身を委ねて、
はじめて意味のある「心地よさ」と理解します。
それが、冷暖自知という考え方です。
どれほど言葉を尽くしても、
どれほど美しい写真や映像を見ても、
本当の意味での理解は、
自分自身の体験を通してしか得られません。
この考え方は、人生だけでなく、
住まいづくりや空間設計にも、
そのまま当てはまると私は考えています。
「分かったつもり」の住まいが増えている時代に
現代は、情報に溢れた時代です。
SNSを開けば、
美しい家、洗練されたインテリア、
完成度の高い空間が次々と流れてきます。
けれど、
そこで得ているのは多くの場合、
「体験」ではなく「イメージ」です。
・明るそう
・広そう
・おしゃれそう
・暮らしやすそう
そう感じて選んだ住まいが、
実際に暮らしてみると、
なぜか落ち着かない。
理由は分からないけれど、疲れる。
それは、
五感や感情を通して設計されていない
可能性があるからです。
建築は「体験」を設計する仕事
やまぐち建築設計室では、
建築を「形をつくる仕事」だとは考えていません。
向き合っているのは、
・そこで過ごす時間の質
・日常の中で生まれる感情
・何気ない瞬間の心の動き
です。
朝の光の入り方。
帰宅したとき、最初に視界に入る景色。
床の温度を足裏でどう感じるか。
風が抜ける音、庭の気配。
夜、照明を落としたときの静けさ。
これらは、
図面や言葉だけでは伝えきれません。
体験があって、はじめて意味を持つもの。
住まいにおける「冷暖自知」だと感じています。
五感が整うと、暮らしも整う
人は、五感を通して世界を受け取っています。
視覚・聴覚・嗅覚・触覚・味覚。
これらが穏やかに満たされている空間では、
心も自然と落ち着いていきます。
反対に、
・音が反響しすぎる
・光が強すぎる
・素材が冷たすぎる
・視線が落ち着かない
こうした小さな違和感が積み重なると、
理由の分からないストレスとして現れます。
暮らしやすさは、
設備の多さや数値だけで決まるものではありません。
感覚として「楽である」「安心できる」こと。
それを丁寧に積み重ねていくことが、
建築設計だと考えています。
不便さや揺らぎも、住まいの一部
すべてが便利で、
すべてが自動で、
すべてが均一な空間は、
一見すると快適かもしれません。
しかし、
人生の喜怒哀楽を受け止め、
長く暮らせる空間でしょうか。
少し暗い場所。
少し寒い場所。
少し静かすぎる時間。
そうした余白や揺らぎがあるからこそ、
人は「心地よさ」を強く感じることもあります。
完全に排除するのではなく、
どう受け止め、どう付き合うか。
それもまた、
暮らしを設計するということです。
暮らしは、頭で考えるものではない
住まいの良し悪しは、
流行や数値だけでは決まりません。
・なぜか長く居てしまう
・気づくと家族が集まっている
・何もしていないのに気持ちが整う
そうした感覚は、
住まい手自身の体験としてしか
分からないものです。
だからこそ、
私たちはヒアリングに時間と質をかけ、
暮らし方、価値観、人生の在り方を丁寧に伺います。
設計とは、
正解を提示することではなく、
その人にとっての実感を
デザインする行為だと考えています。
住まいは、
人生の感覚を育てる場。
冷暖自知。
それは、知識ではなく、
体験によってしか分からないということ。
今回の投稿が、
あなたの暮らしを
少し立ち止まって見つめ直す
きっかけになれば幸いです。
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■やまぐち建築設計室■
奈良県橿原市縄手町387-4(1階)
建築家 山口哲央
https://www.y-kenchiku.jp/
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